私が行う日本語レッスン
まず驚くのは、田舎町でも日本に興味を持つ人が思いのほか多いということだ。生徒の動機は様々だが、例えば日本のアニメとビジュアル系音楽に傾倒していて、それら日本語の意味をもっと知りたいと言う高校生や、一度日本旅行をして感動し、毎年日本旅行するために日本語を習いに来る定年退職した老夫婦や、大学で日本語のクラスを受講しているが、夏季休暇の時のみ予習のため習いに来る大学生や、近々家族で日本旅行をするので、事前に知っておくべき事柄や文化歴史などを直接日本人から知っておきたいと言う人々、日本に出張が決まったのでビジネス用日本語を教えて欲しいと言うビジネスマンなど、こんな田舎でも結構いるものだ、と驚かさせる。
普段の会社員としての仕事が終われば、すぐ日本語を教えに行く。仕事後家に直帰し、のんびり出来ればいいだろうが、日本語を教えた後は大抵気分が爽快で、一日の充実感を得られる。地域の人々に日本語を通して微力ながらも貢献している、という感覚はなかなかよい。自分にもう一つの顔があるようで、気分のメリハリもつく。そして日本旅行から帰ってきた老夫婦が、トラブルもなく、あなたのおかげでいろんな日本人と会話できました、ありがとう、と言われたときは大変嬉しい。大学の来期授業用にたくさん予習を手伝ってあげた生徒から、成績はAを取れた、ありがとうと連絡をもらえた時は嬉しい。そして教えた事柄を使用して、少しずつでも日本語のみで会話をし、私との会話のラリーが結構出来るようになってきたと感じる時はオォーと感心し、その上達に嬉しくなる。
アメリカ人相手に日本語を教えるのは楽しい。彼らの上達を自分のことのように思えるし、また何かについて2時間以上話せるものなら、それを一生の仕事とすべし、と誰かが言っていたのを思い出す。日本の言語、文化、習慣、歴史、価値観という超莫大な内容なので、2時間などノートなどなくても楽勝に話せる(また彼らは気になる事はその場で何でも聞いてくる質問魔なので、時間配分を考えないとすぐ終わりの時間になる)。そういうわけで、日本語教師をこれからも趣味に近い感覚でやっていければ、と思う。